TOMOX NEW YORK

ニューヨークで生活する日本人アーティストの日々の徒然日記。 ニューヨーク情報もお送りします。

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相変わらず地味な日々を送りつつ静かに時差呆けと闘っておりますtomoxです~。


さてさて、きのうはコロンバスサークル近辺でお昼を食べてお茶をしたのが1日の内の最大のイベントだったんですけど、個人的には久しぶりに友と会うのが大変嬉しかったのですが出かけたところは地味なので、日本にいた時の話題を記事にしようと思います~。


実はまだまだある日本のグルメ記事なのですけど、日本にいる間に親と話してて思い出した、子供時代の変わった体験のあれこれを書いてみようかいなー、と......。
つっても大した事ないんですけども。


まず、車を運転して阪急神戸線西宮北口駅南側を通過してた時、もう西宮球場跡地がすっかりさら地になってたので、そう言えば昔、西宮球場で行われていた「2000人の吹奏楽」(この毎年あったイベント、最後の頃には「3000人」に増えてましたけど)に吹奏楽部でもないのに出た事あったなぁ~と思い出してたのですね。
どういう経緯でか、吹奏楽部所属者が集まるこのイベントのオープニングでテーマソングを歌う、各小学校から選抜2名ずつの子供に選ばれて(先生に強制的にオーディションを受けさせられた覚えだけチラリとあるのだった...今ではカラオケ歌っても超ど下手くそなこの私に歌わせるとは先生の先見が疑われます...)、ひばり少年少女合唱団、てなノリで歌いました。
で、「そんな事もあったなあ」と家族に言ってたら、母が

「あんた、ピンポンパン体操だって踊らされてたじゃないの」

と言い出したので記憶の底に埋もれきっていた、妙~な過去の絵がいきなり蘇りました。


そーなんですぅ~、氷河時代くらい前の話なんですけどねー。
私、小学校から派遣されて、沖縄返還記念式典(笑・一体いつの話だ!)と大阪万国博覧会の前夜祭か何か(笑笑)でなーぜーかー、ピンポンパン体操を踊る子供達のひとりだったんですよ。
いや、ピンポンパン体操をご存知ないお若い方もいらっしゃるかとは思いますけど、子供番組がやっていた体操で、当時の日本でシュールな歌詞のこの歌は大ヒットしたんですね。
なんで沖縄が日本に返還されてピンポンパン体操を踊る事になるのかと言うと、踊った本人にもサッパリ訳が分かりませんけど。
なんか立派なホールのステージで、スーツ着た固い感じのおじさん達多数が見守る中、

♪虎のプロレスラーはしましまパンツ♪
♪履いても履いてもすぐ落ちる~♪
♪がんばらなっくちゃ~がんばらなっくちゃ~♪
♪がんばらなくっちゃ~~~♪


というやや下品な歌と共に、大勢の子供達と下品な振り付けを踊りまくってました。
アレは一体何だったのかと思いますけど、確実にあの式典の中でいちばん無意味だったと思います。


そんなナイトメアな思い出を語ってたら、もひとつ思い出しました。
昔、リリー・クラウスっていう有名な(多分)ピアニストの人が日本でホールを借り切って公開レッスンを開くことになって、彼女のレッスンの最後に花束を贈呈する振り袖を着た子供として、なぜか私が登場したんですね。
当時...いくつだったのかなー、6歳とかそれくらい?
ショートカットだったのに頭のてっぺんにでっかいリボンまでつけられて、振り袖着せられた姿は敏江・玲児の正司敏江さんソックリでした。
そいで、大人達に「お花を渡して、一礼してから帰ってくるんだよ」と手順を教えられ、レッスンが終わって客席から拍手が湧いた時に背中を押されて、へろへろとミニ正司敏江、ステージ中央のピアニストへ歩み寄りました。
そーしたら、知らない外国人のお婆さん(by子供の目)はいきなり、満面の笑みでミニ正司敏江をぎゅーっと抱きしめたかと思ったら、頬にしっかりとキスしたのです。

ひええええええええええ(固まるミニ正司敏江・心の叫び)

挨拶のキスなんてものに勿論慣れていない子供には、外国人の婆さんにいきなり頬を舐められた!と大ショックでした。
私の動揺は大きく、レッスンを受けていたお姉さん達にも客席にもどっと笑いが起きて、余計に舞い上がり混乱したミニ正司敏江は、手順を忘れてこめつきバッタのように客席やお婆さんに何度も頭を下げまくり(客席に礼したのは、ピアノの発表会の手順と混同したと思われる)、花束を渡すやダッシュでステージ袖に消えました。
子供心にいろいろなショックを受けて(魔法使いみたいなお婆さんに頬を舐められたり、ライトを当てられたステージ上で大勢の大人に笑われたり)、ブルーが入ったイベントでした。


このように純真で不憫な思い出もある一方、普段は可愛げのない子供でした。
まず、親がサンタクロースの存在をわざわざ信じさせようという努力を全く放棄してたせいでか、サンタの存在を信じた事がなくて、幼稚園でクリスマス会をやってサンタクロースが来ても

「これ、園長先生だよ」

先生達が「あらっ、鈴の音が聞こえてきましたよ~、サンタクロースが来るのかしら?」と言った時も

「野口先生が扉の向こうで鈴を鳴らしてるんだよ」

と次々と大人の手口を暴露するヤーな子供でした。


ところでうちの父は定年まで放送局に勤めていたのですが、子供の頃、局員の家族を呼んで余興をやるようなイベントがなぜか会社で1度あったんです。
その頃父の放送局は、テレビでは「ヤング OH! OH!」(今思うとすごくヘンなタイトル...)、ラジオでは「ヤングタウン」って若者向けヒット番組(笑)を飛ばしてノリにノっていて、余興の司会も番組でお馴染みの斉藤アナウンサーと桂三枝さんという豪華なものでした。
で、私達3姉妹はなぜか、余興のステージに上がって「小さい秋見つけた」をいちばん上の姉のクラリネットと下のムスメども2人の歌でお送りするというしょぼい企画になってたんですね。
余興ステージは最初の頃が子供には退屈だったのか、それとも誰かの挨拶とかで飽き飽きしてたのか、まだ小さかった私は余興開場の入り口当たりまで抜け出し、ひとりで小石を拾ったりして遊んでました。
そしたら、そこへスウーッと車が停まり、中からサングラスをかけて芸能人然とした若い男性が降りてきました。
そして、ひとり遊びをしていた私のところになぜか近付いてきて、私の目の位置まで屈み込み、そこでサングラスを外して顔を見せ、余裕タップリな感じで

「お兄ちゃんのこと、知ってる?」

と聞いてきました。
それが、当時超のつく売れっ子だった、若き日の桂三枝さんだったんですね。
彼の顔をブラウン管で見ない日はなかったくらいの頃なので、小さな子供でももちろんその顔は知っていました。
でも、ガキンチョだって当然俺の事は知っているだろう、驚いただろう、会えて嬉しいだろう、どうだ?みたいな感じがしたんでしょうかね~?
やや傲慢な感じがして、子供心にもカチンときました(爆)。
それで、得意の三白眼で上目遣いに彼をみて、硬い表情でひと言、

「知らない」

と言った事だけ覚えています。ほんと、ヤな子供っすね。


その後、自分達の余興の時間が近付いた頃私はトイレに行きたいと騒ぎだし、大慌てで母が私をトイレに連れて行って会場に帰ってくると、ステージにはクラリネットを吹く上の姉と、真っ青な顔で直立不動になってひとりで歌わされている2番目の姉の姿がありました(笑)。
ははは......オイラは全く歌わずに出番が終わり、ヤレヤレ助かったと思っていたところを見ると確信犯だったのでしょうか。


それにしても、実家に行くと忘れていた子供の頃の思い出をポロポロと思い出すもんですね。
下らない昔話にお付き合い頂きまして、だうも。


でもねー昔の事ほど鮮やかに覚えてるのって、年寄りの証拠っす...。
今や、今日は忘れずにこれを持って出かけようと玄関に用意したものを忘れてまたいで、そのまま出かけるような大人になっちまいましたー。あ~あ。



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記憶力衰退の一途の年寄りの昔話に1票♪
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テーマ:昔の思い出 - ジャンル:日記
コメント
がははは!
いやいや、爆笑さしてもらいまいた。
沖縄でのピンポンパンはまさにNightmareですな(笑)
(o_ _)彡-☆バンバン

しかし、イヤな女の子ですね~、この娘(ど爆)

オラも思い出しちゃったンですが、
小学4年の頃、学校帰りにNHK放送センターの脇にある
本屋で漫画の立ち読みしてたら、TVで見たことがある
女性が近づいてきて「今、どんな漫画流行ってるの?
外人さんにプレゼントしたいんだけど」と。
ソリは黒柳徹子さんでした。

で、ちょうど「ダメおやじ」読んでたんで「コレだよ」
って教えてあげたら、なんと全巻買って帰りました(笑)

きっと「ダメおやじ」を読んだ外人さんは日本の家庭内の
悲惨さに愕然としたことでしょう(笑)

長文すんずれい。。。
2007/02/10(土) 08:51:48 | URL | kazaa #ZQHR2uUw[ 編集]
すみません。。。。。
いきなりこんな事ゴメンなさぃ 今 既にパソコンの前に座って いっぱい検索しまくって17時間半が経過中です
それで 何をそんなに検索していたかと言うと これから先 自分は大好きなNYでモデルとしてやっていきたい考えがあり NYにあるモデル事務所などをネットで調べたり 日本の芸能事務所などがNYに支店を置いていないか
そんなコトを探し続けていたわけです
それで 17時間半経った今 何も為になる情報がゲットできずに 偶然 検索途中にココへ・・・
マウスを持つ右手のツケネも 机との摩擦で 赤く腫れてきてしまいました(=。=)
んで お願いがあります    そちらに住まれている方やぉ知り合いの方などで もし こんな自分の状況に何かしら情報をくださる方がいらっしゃいましたら 何か情報を教えて頂きたいのです 
tomoxさん 勝手にこんなコト書いてすみません 本当にゴメンなさい   小橋一輝(コバシイッキ)   

>tomoxさん、ありがとうございます(11.2.2007)
2007/02/10(土) 19:33:38 | URL | ikki K #27Yb112I[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/02/11(日) 04:40:12 | | #[ 編集]
>kazaa様
「ダメおやじ」全巻!
ってどのくらいの冊数なんですか。
もらった方もお困りだったんじゃ...(笑)。

ピンポンパン体操は今でも部分的に踊れたりする私です♪
万博の前夜祭にはベッツィ&クリスも来ていて、当時のアイドルの生ライブが子供心に嬉しかった覚えが。

三枝師匠とはその後、ラジオ「ヤングタウン」の彼の持ち曜日の日曜日公開録画に遊びに行きました。
懲りずにヤな子供にまたたくさん話しかけてましたね。
何喋ったのかはあまり覚えてませんけど...。
2007/02/11(日) 07:50:25 | URL | tomox #-[ 編集]
>ikki K様
ここは煩悩ブログなんで、せっかく書きこんで頂いてもお役に立てないかと思いますけど、ニューヨークの情報掲示板みたいなところに行かれたらそういう情報なり求人なりあるかもですよ。
http://nyjapan.com/home.jsf
http://yousworld.com/ny/
http://newyork.vivinavi.com/JA/ib/
http://www.nyct.net/~nuts/
http://newyork.craigslist.org/ (英語)
2007/02/11(日) 08:00:56 | URL | tomox #-[ 編集]
>鍵コメ様
まー、本当に奇遇ですね。
お察しの通り、父は毎日放送勤務でした。
それで私にもいろいろな役回りのオファーがあったのかと。
万博会場は父の職場の隣りだったので、朝のカー出勤時に一緒に乗せてもらい、迷子札をつけてもらって遊びに遊びまくりました。
今「20世紀少年」読んでますと、当時の万博というモノが日本の他の地域の子供達にとって垂涎の的だった事がよく分かって面白いです。
2007/02/11(日) 08:07:11 | URL | tomox #-[ 編集]
万博
記憶にあるのは南はるおの♪こんにちはぁ、こんにちはぁ、世界のぉ、国からぁ♪と、岡本太郎の万博の塔位ですね。

ピンポンパン体操はおぼろげながら覚えています。番組自体では、新平ちゃんとカータンとか(爆)。私は「ピンポンパン」より「おはようこどもショー」の方をよく見ていた様な記憶が。と言っても大村昆さん、ロバ君、ガマ親分とか言うのがいたと言う程度しか覚えていませんが...

「だめオヤジ」って確かにシリーズとても長かったですね。TVアニメにもなって。又、途中で作風がとっても変わった記憶がありますが。

桂三枝の若い頃と言うと東芝のCMとか(でしたっけ)位しか記憶に無い...「いちにぃさんし、ごくろーさん。ろくしちはっきりくっきり、東芝さん。ぐっ!」(爆)
2007/02/11(日) 18:29:14 | URL | 今野 #-[ 編集]
>今野様
お元気ですか~?
東芝のCMの再現、ありがとうございます。
あの三枝師匠、気持ち悪いですねぇ(爆)。
子供が大人になっても忘れないインプットを受けた名作と言えましょうか。

「おはようこどもショー」は私も毎朝見てました。
ロバ君の中身が愛川欽也さんだと後年知って驚きました。
「誰っかな♪誰っかな♪当ったる~の、誰っかな♪」ってハガキの抽選してる時に歌ってたの、覚えてますけど、大村崑さん出てました!?
結構インパクトあるキャラなのになんで覚えてないんだろう...。

三波春夫さんのあの歌は、後年ひょうきん族で「なんですか」の歌になってたので、そっちの方を知ってる若もんもいるでしょね。
2007/02/12(月) 14:36:46 | URL | tomox #-[ 編集]

あははは(>▽<)!
楽しい!
沖縄の返還は覚えてないですが、ピンポンパン体操テレビ見ながら踊ってたし、ヤング OH! OH!も覚えてますよ、毎週楽しみに見てましたよ。
お父様はあの番組を作ってらっしゃったんですかぁ。
良い思い出をありがとうございます(謎)
そっかぁ、そんな可愛くない(笑)お子様だったのですね。
今は、かわいい~女性なのに♪
2007/02/15(木) 20:44:01 | URL | meimei #rwGakU8g[ 編集]
>meimei様
ああっ、このコメント見逃してました!ゴメンなさい。

父は私が小学生の頃はラジオ局勤務でしたのでヤングOH!OH!(やっぱりスゲー変な名前)のスタッフではなかったかと思いますけど、同じ局なのでヤングOH!OH!の収録も見に連れて行ってもらった事がありました。
あの冒頭で、「ハッピー?」「ハッピー!」って受け答えを脳天気に繰り返す奴。
何ソレ!今考えると激こっぱずかし~!

三白眼で大人を見据える可愛くない子供だったですねえ~。
そして今は可愛い女の子が大好きな親父心満載の老女になりました(笑)。
2007/02/17(土) 16:03:25 | URL | tomox #-[ 編集]
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