TOMOX NEW YORK

ニューヨークで生活する日本人アーティストの日々の徒然日記。 ニューヨーク情報もお送りします。

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しばらく放置プレイ、失礼しました......
さてさて、今日はマチュピチュ初日の日記の続きです。


マチュピチュのガイドツアーが10時半からなので、早く着いた私達は待ちきれずにちょっとマチュピチュを見にウロウロ(チケットを持ってたらその日の出入りは自由)したり、ツアー前なのでトイレに行っといたり(遺跡内にトイレはなし。トイレは遺跡の入り口にあって、1ソル払って入ります。思ったより綺麗)。
ホテルに寄らずに荷物しょって来た方も、入り口に手荷物預かり所があります。
ところでオイラ達は5kg以上の荷物を持って行っちゃいけないとクスコのガイドさんに言われていて、最小限の荷物をバックパックに詰め、スーツケースはまた戻る予定のクスコのホテルに預けてきたんだけど、送迎車や列車でも別に荷物の重量チェックはなかった。
あの重量制限宣告は一体何だったのだろう。
ただマチュピチュ村のアグエスカリエンテスに行く列車、ビスタドームでは荷物室などないような感じだったので、バックパック以上の大きな荷物は元々マチュピチュへの旅には無理かも。


もとい。
10時半になり、ガイドのダーウィンさんに導かれて、私達含むほぼアメ人20人ほどの団体はマチュピチュ内部へ。
まずダーウィンさんは、石の階段をどんどん登り始めた。これ結構キツかった。
急傾斜だったり、段差の大きいところもあって、見晴らしのいいところまで登るのにたった10分やそこらの事だったと思うけど全員ぜえぜえ荒い息に.....さすがに28年間のベテランガイド、ダーウィンさんは日常の事なのでホイホイと足運びも軽く一気に登って全然平気。
オイラは途中、休み休み登りました。
それでも急激に口呼吸をしたので、その後ゲホゲホと咳込み続けた。
己の体力のなさを実感。




P1000544.jpg一気に高台まで登って見下ろしたマチュピチュ。
やっと着いて見下ろした感動よりも、ただひたすら息を整えるばかり。
マチュピチュはハワイ出身のイエール大学講師、ハイラム・ビンガムさんが1911年に発見してからイエールの調査で世界的に有名になりましたが、元々はローカルのペルー人に発見されてたようです。




ちなみにビンガムさんはインディ・ジョーンズのモデルになった人。
彼の祖父はハワイで最初のプロテスタント宣教師で今でもハワイでは有名人らしい。
「マチュピチュ発見」って言ってもそれはヨーロッパ人から見た話で、実際に地元の人はその存在を知っていたらしいんだけどねー。
とは言え、麓からは全く見えない街なので、インカ帝国を征服した当時のスペイン人には「発見」されずに済んだお陰で、現在もほぼオリジナルの姿を留めています。


ただ、世界遺産ブームのお陰で観光客が増え続け、かなり劣化もあるらしい。
遺跡内に食べ物持ち込み禁止なのに食べてる人を見かけたし、あちこち吸い殻が落ちてたり、あげくはバナナの皮が遺跡の石の間に詰め込んであった.....。
世界遺産は文字通り世界の人の宝、大事に保存したいものです。



P1000549.jpg遺跡の入り口付近は段々畑の農耕エリア。
ここで自給自足生活だったらしい。
充分な太陽光と水があり、野菜、果物、穀類、豆類など食物は豊富だったようで、発見された人骨からも栄養状態が良かった事が分かっています。
農耕エリアを更に進むと住居エリアに突入。
写真は住居エリアの入り口。
エリア全体の門にしては小さい。




P1000567.jpg太陽の神殿。修復中らしく、入れません。
地震のせい?公開された事ないとか?
不思議な形で壁がカーブを描いてる。
内部の大きな岩はいろんな溝が掘ってある。窓からここに当たる日光の様子で冬至や夏至の日が分かるらしい。
溝があるところが奈良明日香村の「酒船石」みたい。
三つ目が通るの写楽くんが薬草を混ぜて薬を作っていた石です(遺跡の知識は手塚漫画から得ているオレ)。




インカの神様は太陽です。
太陽神と言えばEarth, Wind & Fire、じゃなくて日本の古来からも通じる感覚なので非常にスンナリと理解できるところ。
マチュピチュでは夏至の日や冬至の日がとても大切な日だったらしく、それらが分かるようになってるものは他にも残されています。




P1000603.jpgこれもそのひとつ、インティワタナ。マチュピチュ内でいちばんの高みにある。日時計代わりになっていて、冬至と夏至の日が影の形で分かるようになっている。正確に東西南北を指しているらしい。
またこれは巨大なパワーストーンだという噂があって、触るといつでも暖かい箇所があるそうなんだけど、おバカなペルーの広告撮影隊がこの石をバーカウンターに見立ててビールや機材を置いて広告写真を撮影したせいで、ヒビが入った。現在は周囲にロープが張られ、触れることも叶わない。




P1000582.jpgこちらは3つの窓の神殿。
冬至の日の太陽光がまっすぐ入ってくるように設計されているとかで、ペルーの初代皇帝がここから生まれたという伝説があるそうです。
ダーウィンさんはこの3つがペルーの聖なる動物、コンドル、ヘビ、プーマを示すと言ってたように思うんだが、どこのガイドブックにもそんな事書いてないのだ。
?????





P1000616.jpgマチュピチュ(老いた峰)からワイナピチュ(若い峰)の登山口に向かうと、直前にこの大きな岩板がある。
後ろに見える峰々と同じ形をしているとの説明だったが、この通り山が雲をかぶっていて何もワカラン......


P1000642.jpgこちらは石の器のようなもので、水が張ってあった。
太陽神は直視せず(いや、目つぶれますから)こうやって水に映したものを鏡のようにして見ていたらしい。もうひとつの器は月のためだとか。
だがこれもガイドブックには石臼と書いてあった。
それぞれ根拠があるようで、未だに謎。
諸説あるのも、インカには文字がなかった(!!!そんな事が有り得るの?)為に何の記録も残されていないせいであろう。





P1000720.jpgこちらはコンドルの神殿。
コンドルの形に見えますか?
地面にくちばしを持ったコンドルの頭と胴、後方両側に分かれて置かれた岩が広げた両翼を表しているそうです。
コンドルの胴部分に太陽神への生け贄を置き、頭部分で生け贄が殺され、くちばしを囲む溝に血を流していたとか....あたかもコンドルが血を飲んでいるかのように。
でも生け贄は人間ではなく、リャマだったらしい。
今でもペルーではリャマの生け贄がお祭りにあったりするようです....





P1000721.jpgで、この岩の間の狭い道は、コンドルの神殿の後ろにあるもの。
この奥が牢獄だったとか言われているようですがこれも謎。
インカの掟は「盗まない」「嘘をつかない」「怠けない」だったそうで、これに反する人々が入れられたんでしょうか?





P1000690.jpgこちらは水汲み場。
マチュピチュ内に何カ所もあります。
ちょっと飲んでみたい気もしたが、旅の途中で具合が悪くなってはイカンので断念。
でもインカの人達はサイフォンの技術?を持っていたらしく、内部は浄水作用のある花崗岩で出来ていて、実は綺麗でいい水らしい。
下水設備も整っていました。






ダーウィンさんは自分の撮った写真も見せてくれたけど、中でも自慢していたのが、山の峰から朝日がマチュピチュの太陽の神殿に向かって一直線に差してくる写真。
私の記憶が合っていれば、確か6月21日の冬至の日(ペルータイムでは北半球の夏が冬です)の朝7時20分だかの写真だと言ってた。
その日のその時間にマチュピチュの太陽の神殿に行けば、この感動的な朝日が見られるようなので、挑戦してみたい人には是非お勧めします。


ツアーも終わって解散する頃、ダーウィンさんは自分の本を宣伝して

「今僕から買ってくれればサイン付きだよ!」

と一生懸命言っているのに、皆とっとと三々五々に散って行く光景が切なくも憐れだった。
今日、ツアーの皆がお世話になった彼は、クスコの大学で教鞭も取っていたという、折り紙付きのマチュピチュエキスパートなんですけど.....
マチュピチュに行かれる方、ダーウィンさんのマチュピチュへの愛と情熱が溢れるガイドを是非楽しんで、出来れば本も買ってあげて下さい。
ちなみにオイラは買いませんでした。(^^;;)
ごめんなさいダーウィンさん。




 ↓ダーウィンさんのガイドを半分聞きつつ好き勝手にあちこち写真撮ってたし。
P1000639.jpg






そんなこんなで、ガイドツアーは2時間半くらいかな、結構ありました。
ちょうど解散時間にはお腹が空いた。
マチュピチュに唯一徒歩圏内の高級ホテル、サンクチュアリロッジのランチバッフェのクーポンが代理店に申し込んだ時に自動的に付いてたので、本日はサンクチュアリロッジでの昼食.....
まあここで食べるか、マチュピチュの入り口脇にある屋外カフェで食べるか、空腹を期に断念して下山するかしか選択肢がないんだけどね。







P1000676.jpgP1000680.jpg
P1000678.jpgワイナピチュが見える席を確保。
ちなみにワイナピチュ前の緑のパラソル群がカフェ、左がマチュピチュの入り口、カフェと入り口の間の奥が有料トイレ。
バッフェは品数にもバラエティがあり、味はバッフェなりにそこそこだった。
このホテルは半端なく宿泊料金が高いが、バッフェレストランはこのようにファミレスのような佇まいでアンデス音楽の生バンド付き。




P1000700.jpgツアーで歩き回って疲れたので、午後からは芝生にゴロンとしてウトウト......のつもりが爆睡。
マチュピチュ内で真剣に眠りました。
(写真は寝転がってるオイラの足)
その間にいっぱい蚊に刺された。
アマゾンも近場の山地の蚊....強力です。
腫れ上がり、1週間経っても痒かった。
マチュピチュ観光は虫除け対策をお忘れなく。




虫除けには長袖シャツも有効だけど、マチュピチュって暑いんです。
太陽光がさえぎることなく降り注いでるし。
冬なのに日中はTシャツ1枚でOK。
帽子、日焼け止め、サングラス、それに水分補給用のお水も要ります。
虫刺されも絶対必要!



マチュピチュからアグアスカリエンテスに下りるバスの最終時間は5時半。
バスが混んで乗り遅れないよう、その1時間前に未練たっぷりにマチュピチュを去りました(なんて、翌日も来るんですけど)。



帰りがけ、なぜかペルーの学校から遠足で来てるらしき子供達に囲まれ、次々に一緒に写真に納まってくれと頼まれました。
有名人でもないのに、とっかえひっかえ、にわか撮影会。
ここは一大観光地なのに、そんなに東洋人が珍しいかい。
普段は観光客などいない地方から来たんだろーか。
「チノ、チノ」って言ってたから中国人だーって思われたみたい。
面倒なので訂正はしなかったけど。
ていうかどっちでも多分彼らにとっては同じであろう。



その後はホテルに戻り、少しゆっくりして、夕食はホテルの並びにあるマチュピチュ村でいちばん人気のレストラン、Indio Felizに行こうと思ったら、何と予約でいっぱいで前もって予約しないと入れないと言う。
ビックリ。
ここはガイドブックによく載っていて、フレンチの旦那さんとペルビアンの奥さんが経営している有名レストランなのだ。
旅でのご飯は最高に美味いもんが食いたいオイラはすんごくガッカリ(笑)。
仕方なく翌日の夕食をとりあえず予約してレストランを後に...


ペルーの夕食時間と思しき8時頃は私にとって夕食時間としては遅すぎ。
ランチから7時間経過、美味しいご飯を夢見て来たのに8時の時点で空振りとは。
もーハラペコ、どこでもいいから一刻も早く胃袋を満たしてくれとお腹からグーグー苦情を受け、力なくヨロヨロと通りをさ迷いました。


ペルーってピッツェリアが多いんですよねー、マチュピチュ村にも多いです。
でもペルーまで来てピザ食べるのなんてヤだ(涙)。
で、結局ホテルの真ん前のレストランに博打で入る事に(ていうか多分探す気力がなくどこでも良かったのだと思う)。




P1000745.jpgP1000748.jpg

ここ、名前忘れました(爆)。
マチュピチュインってホテルの真ん前で、結構広いレストラン。
雰囲気はディズニーランドのウエスタンランドとかアドベンチャーランドみたいな感じ(←外国の街並みや建物の造りをテーマパークでしか例えられない都会っ子)。
クスコと違ってマチュピチュはかなり高度が落ちるので、ここぞとばかりに酒に手を出しましたが、私の頼んだピスコサワー(左)は相当強かった。
名前も色もカルピスサワーみたいなのにぃ。
ピスコってペルーの焼酎で、アルコール度数40°もあるんです。
こんなの飲んだのに高山病にもかからず、道中無事で良かったわぁ。
右は友人の飲んでたクスケーニャってペルーのビール。
さっぱり爽やかな味でクイクイ行けそうだが、最近アルコールアレルギーに近いので、あまり飲めないのだ。
なのに強力なピスコを頼んでしまったオレって一体。





P1000749.jpgP1000750.jpg
食事は、とにかく肉が食いたいモードでステーキ。
これまた高山病予防で脂っこいものは控えてたので、ここぞとばかりに頼みました。
ビーフステーキ。でもここのは正直堅くて美味しくなかった.....
友人のメイン(左、ボケボケでごめんなさい)はアルパカ肉。
臭いんじゃ....?という私の危惧は全く当たらず、臭みがなくてすごく柔らかかった。
毛も柔らかいけどお肉も柔らかいんだ~と感動!
ここは完全にアルパカのがビーフより美味しい。アルパカの圧勝。
どこでもいいから食いてえモードだったのに、やはり惨敗は無念。
翌日Indio Felizでのリベンジを、聖なる谷の満天の星空に誓うtomoxでした。



と、聖地に行ってまで食い意地に支配されている煩悩度高めのペルー日記です。
今回異様に長めでした。
読まれた方、ありがとう&お疲れ様です。


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テーマ:ペルー - ジャンル:海外情報
コメント
アルパカは美味かった
どもども、
のりこですー

アルパカ、私も初めて食ったけどうまかったねー

明日から職場の上司が休みを取ってクスコとマチュピチュ行くんだけど、クスコのプカラとインディオフェリスは薦めといたよー
2008/09/07(日) 01:54:00 | URL | のりこ #-[ 編集]
>のりこ様
うーん、でもアルパカねープーノのホテルのレストランでは美味しくなかったんだよねー。
マチュピチュ村のはとても美味しかった。
なんでだろう...

インディオフェリスの事については次回に書きま~す。
私は何と言ってもプカラがいちばん美味しかった。
日本人の血のせい?
2008/09/07(日) 09:42:10 | URL | tomox #-[ 編集]

ペルー旅行記、楽しく読ませて頂きました。
遺跡とか、いいよねえ。。。中学、高校時代に歴史が好きだったけど、興味があったのはせいぜい中世までで、古代とかプリミティブなものに惹かれた。
そういえば、文字が無いのは北海道のアイヌ民族もそうだね。話し言葉で伝えていたみたい。ちょっと想像付かないけどね。。。
アルパカの肉かー!!食い意地はってるので興味津々。
2008/09/07(日) 15:38:35 | URL | miki6 #-[ 編集]
すごいな~
マチュピチュ、すっごいっすね~。
何とかして行きたいが、相棒は、ラテン入ってないし、メタボなんで無理・・・
でマチュピチュにホテル等があるなんて知らなかった~。もろ観光地だね。でマナーの悪い人!信じられん!掃除して帰れ!!
2008/09/07(日) 18:52:21 | URL | para #-[ 編集]
>miki6ちゃん
私は世界史は先生が悪かったなー。
歴史に情熱があったのかもだけど、毎回情報満載のプリントを配られ、詰め込みで、しかも前半に時間をかけすぎたか現代に近付くほどに時間切れになり、最期の方はガンガン飛ばして行ってたもん....
日本史の方が江戸がなくなるくらいまで楽しかった。。
で、アイヌも文字がないんだ!ビックリクリ。
インカも情報は口頭で伝えられたんだって。
情報も物語も語り継ぐだけだったとはね。
絵さえないのかなあ?あり得ない気がするけど...
2008/09/07(日) 21:19:19 | URL | tomox #-[ 編集]
>para様
えっ私もメタボですよ(笑)
って自慢にもならないけど体力もないし。
でも太陽の門までなんとか登れましたし、足の悪い方やお年寄りの方も登ってましたので時間をかければ大丈夫。
マチュピチュ横のホテル、サンクチュアリロッジは私も泊まりたくて調べましたが、いちばん安い部屋で1泊790ドルくらいして「無理!」と思いました。
とは言え20分くらいバスで下りればリーズナブルなお宿があるし。是非是非行ってみて下さい!
2008/09/07(日) 21:24:59 | URL | tomox #-[ 編集]
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